不確実性・複雑性のトリセツ

プライマリ・ケア現場の不確実性・複雑性に対処する

★論文の内容:

不確実性・複雑性は異なる概念だが、それらに直面することで医師自身が不安・不確実な感情を抱く点や、要素還元的・因果関係論的な従来の手法では解決困難な課題である点などの共通点がある。

高度な不確実性・複雑性に遭遇しながら臨床判断を行うプライマリ・ケア医にとって、その対処法の学習はとくに重要であるが、これは現代のすべての医療専門職にとってのプロフェッショナリズムの要素であるということもできる。

なぜなら、医療サービスや患者背景の多様化が進む現代では、単に技術的合理性を適応するだけのスペシャリストがプロフェッショナルとして求められているわけではないからだ。不確実性・複雑性の高い実践的状況を認識し、それに対する問題設定と課題解決を行い、社会的責任への問いかけを続ける「省察的実践家」が求められている。

 

論文の後半では、不確実性・複雑性に対して下記のような具体的対処を紹介している。

◯クネビン・フレームワークによる複雑性への対処(要約)

①単純な状況(simple)

議論の余地がない。事実の把握、問題の分類、確立された方法での対処。

②込み入った状況(complicated)

適切な答えが必ずしも1つではない。専門知識を用いた分析、専門外の人たちの意見やアイデアを受け入れる柔軟さ、創造的な意思決定で適切な対応を見極める。

③複雑な状況(complex)

適切な対応がいつまでも見つからない場合。失敗しても構わないような実験をいくつか試みて、状況を解消するようなパターンが現れるのを待つ。不安感により従来の考えに後戻りしたり、失敗を恐れて保守的な計画を求めたりしない。

④カオス的な状況(chaos)

まずはパターンを探すのではなく、これ以上混乱しないようにトップダウンのコミュニケーション、強いリーダーシップで秩序を回復するための行動を起こす。次に、何が安定し何が安定していないかについて把握し状況を「複雑な状況」へ移行させる。

 

◯コントロール・パラダイムから関係パラダイムへの移行による不確実性への対処

予測可能な結果と医師患者の上下関係に基づく補償やアドバイスを与え、不確実性・曖昧さを否定するのがコントロール・パラダイムであるが、前述のように、不確実性を回避することは現実的に困難である。

医師が患者とのパートナーシップを保ち、上下関係を廃してケアプランに患者自身を参加させ、不確実性・曖昧さを認めることで、患者の病と人生経験のコンテクストの中で一緒に問題解決するのが関係パラダイムである。これを構築し不確実性に対処するためには、ケアの継続性が必要である。すべての問題が解決を必要としているのではなく、不確実性について話し合うだけでも良いときがある。

★ディスカッション:

「複雑性の高い課題に対するシステム思考は、現代の医療・社会の課題を解決する上で重要だ」という考えは比較的受け容れやすいと思われる。

一方、「医療は不確実であるので継続的に診ていく」という言説は、「医師の能力や科学の知識が不完全なことに対する言い訳なのでは?」「もっと細かく分析すれば予測ができるのでは?」という反論と期待を受けやすいと感じる。本論文の中では医療における不確実性を「1次的不確実性(技術的不確実性)」と「2次的不確実性(人的・概念的不確実性)」に分類する考え方を紹介している。

1次的不確実性(技術的不確実性)は予後や治療効果を適切に予測するための情報が不十分なことを指し、「新しい技術がどんなときに有用かわからない」「医師自身が、自分の知識が最新なのかわからない」などの状態を指す。

一方2次的不確実性(人的・概念的不確実性)は、「患者の意思が引き出せず、分からない」「一般的な基準を個々の患者に適応できない」「決定によって発生する未来に関する普遍的な不確実性」などを指している。

より多くの情報によって解決できる可能性があるのは前者のみであり、しかも前者でさえ現代の医学・科学によってクリアカットに判断できるのはごく一部分に過ぎない。医学知識を突き詰めて解決を目指すことと、本来的に医療が持つ2次的不確実性の部分への対応は二項対立ではなく、これを統合的にみてバランスを取るための理論が必要である。要素還元主義的な専門分化一辺倒によって1次的不確実性(技術的不確実性)を克服しようとするだけの医療は極めてアンバランスであり、こと地域社会のプライマリ・ケアには相性が悪いと思われる。

上記のような考え方は、還元主義ーRCTを重視する現代医学の手法に対するカウンターとして映るが、オカルトとしてではなく、医学の世界に生じた「健全な」ニューサイエンスムーブメントなのかもしれない(Amaerican Board of Family Medicine(ABFM)やRoyal College of General Practitioner(RCGP)、WONCAの創設など、欧米での家庭医療の基盤形成自体も1960年代後半~1970年代と時期を同じくしている)。

また「不確実性を受け入れることは、他者の主観性の不明瞭さと健全さを尊重することを示すこと」、という記述が本文中に見られる。不確実性は悪ではなく、一旦そこを飲み込んで眼の前の患者に向き合うことが、患者中心の医療のコンポーネントである「共通の理解基盤をつくりだし、患者-医師関係を強化する」前提となるのではないだろうか。

医師が完全に「客観的な」患者-医師関係など存在しないのだ、という諦め=明らめのもとで、「直感を科学に優先させる」のではないやり方を模索していく、そこで関係パラダイムを構築し不確実性に対処するための前提として、「ケアの継続性」という概念へ接続されていく。

参考文献、引用

  1. 宮田靖志. プライマリ・ケア現場の不確実性・複雑性に対処する. 日本プライマリ・ケア連合学会誌. 2014;37(2):124-132.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

仲間と一緒に
自学する。

Primary Care Libraryでは、執筆チームに参加してくださるプライマリ・ケア医、プライマリ・ケアに関心のある領域別専門医、またプライマリ・ケアの研究や実践の関心のある医療専門職の方を募集しています。移動の合間で読んだ論文を、記事にして読者とディスカッション。臨床現場と理論を各自のペースで繋げていきます。

日本最大級のプライマリ・ケアに関するオンラインJournal Clubの運営に、あなたも参加してみませんか?

© 2024 All Rights Reserved.