Illness trajectoryの有用性:より良い病状理解とサービス調整のために
慢性疾患のとり得る典型的な経過として、3つのtrajectory(軌跡)が報告されている(Figure1)。
①悪性腫瘍:
最期の数ヶ月-数週で急激に機能が低下し明確な終末期を迎えるパターン
②心不全やCOPD:
急性増悪を繰り返しながら徐々に機能が低下し、場合によっては一見「予期せぬ死」を突然迎えるパターン
③フレイルや認知症:認知機能/身体機能のベースラインがすでに低下した状態から、緩徐な経過で機能が衰えるパターン
従来の緩和ケアモデル=人生の最期の数週間にサービスを集中的に提供する形式は①のパターンとはうまく合致しているが、②予測不可能な増悪を伴うパターンや、③緩やかに衰えるパターンを示す患者には適さないかもしれない。本来、異なる疾患経過を辿る人には、異なるケアモデルが適切である。trajectoryを知ることで、患者の多面的なニーズをよりよく満たすためのケアを計画し、患者や介護者が状況に対処するのに役立つ。
また、これらはあくまで身体的なwell-beingを対象にしたモデルであり、患者や介護者の社会的/心理的/スピリチュアルな領域におけるtrajectoryは異なる可能性がある。
★ディスカッション:
われわれ医師は患者や家族に「予後が厳しい」と説明をすることは多い。しかし、その際に「どのような経過を辿るか」まで言及されていることは、実はあまり多くはないのではなかろうか。そしてそのことが、患者や家族が「何が起こるか」イメージすることから遠ざけ、医療者と患者/家族が病状に対して共通の理解をもつことを阻んでいるように感じる。
本論文ではそれぞれのtrajectoryの症例が紹介されているが、特に①悪性腫瘍のtrajectoryの例で、非小細胞癌と診断された夫に対し、「夫が就寝中に突然死するのではないか」と心配し夜中に夫を何度も起こしていた妻の例が印象的であった。悪性腫瘍のtrajectoryが説明されていれば、そのような心配を強く抱かず過ごすことができたかもしれない。
日本のプライマリ・ケア領域では多疾患併存の高齢者のマネジメントが求められ、その多くが佐藤健太先生が提唱されている「慢性臓器障害」である。慢性臓器障害はやはり実感として②のパターンをとることが多く、プライマリ・ケアにおいて②のパターンの理解は重要であることは疑いの余地が無い。
実際、急性期病院からの転院を受ける地域包括ケア病床/療養型病床での勤務の中で、②のtrajectoryを書いて説明することは多く、そのような説明は始めて聞いたという患者/家族に少なからず遭遇する。急性期からillness trajectoryが説明され、医療者と患者/家族の間で共通言語となり共通理解やACPの一助となることを願うばかりである。
参考文献、引用
Murray SA, Kendall M, Boyd K, Sheikh A. Illness trajectories and palliative care. BMJ. 2005;330(7498):1007-1011.
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