複雑性に関する知識がなぜ必要か?

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Founder, 家庭医

General practice — chaos, complexity and innovation

★論文の内容:
(2005年当時の段階において)プライマリ・ヘルスケア(PHC)の改革は、ヘルスプロモーションや予防医療、慢性疾患管理、ポピュレーションヘルスアプローチをより重視することによって、一般診療(general practice)のアクセスと効率を向上させていくことに主眼がある。しかし、この改革はほとんど「なけなしの」エビデンスがかろうじてあるような、手を付けやすいPHCの領域だけにしばしばとどまっている。本来的には、PHCはもっと複雑な(complex)ものであり、それがきちんと理解されていない。
 
複雑適応系(CAS, Complex Adaptive System)と呼ばれるシステムのなかで生じるような、伝統的なエビデンスや社会的な知では予測のできない行動や反応のパターンに対する理解に立脚するのが複雑性に関する理論である。このような複雑性に関する知識によって、自律的な地域社会の歴史的・社会的な系譜と統合された新しい(PHCにおける)課題解決が可能となり、この能力を持つ総合診療医が地域社会の中で果たすべき役割が明らかとなるだろう。
 
また複雑性をはらむシステムは、PHCの目標や戦略の立案に関するより拡張された知識の基盤や議論に1つのフレームワークをもたらすものでもある。

★ディスカッション:

クネビン(Cynefin)フレームワークとして知られる「単純(simple)」、「込み入った(complicated)」、「複雑(complex)」、「混沌(chaos)」の分類は新・家庭医療専門医のポートフォリオにおける「複雑困難事例のケア」でよく持ち出される枠組みである。

 

予測可能でも一般化可能でもない人間関係や社会的な問題を抱えた人々に対する、統合されたコミュニティーベースのケア(本論文のBox 1では、Glouberman と Zimmermanらの論文を参照し「狭心症、糖尿病、うつ病、アルコール、法律、家族の問題を抱えている恵まれない集団のための複雑な慢性疾患ケアのベストプラクティ」が例として挙げられている)を提供するために、総合診療医・家庭医にとって複雑性に関する思考のフレームワークや知識を持つことが重要ということになるだろう。

 

そしてプライマリ・ヘルスケアの1部門としてのプライマリ・ケアが上記のような能力を持って活動していくことで、要素分解主義的な従来の科学で理解できるプライマリ・ヘルスケアからさらに進化を遂げ理解を深めるというゴールがある。

 

新・家庭医療専門医のルーブリックとして「複雑困難事例のケア」と「統合されたケア」が併記され、どちらかを選ぶ形になっているのは、結局統合されたケアを地域社会で提供するために、総合診療医・家庭医が複雑性に関する知識や思考の能力を必要とするため、この2者が表裏一体不可分なものであることが理由なのかもしれない。

参考文献、引用

  1. Martin CM, Sturmberg JP. General practice–chaos, complexity and innovation. Med J Aust. 2005;183(2):106-109. 
  2. Glouberman S, Zimmerman B. Complicated and complex systems: what would successful reform of Medicare look like? Discussion paper No 8. Commission on the Future of Health Care in Canada, 2002.

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